【0160】国税不服審判所開所式の式辞を繙く


1 国税不服審判所設立準備委員会の設置

昭和45年3月28日、国税通則法の一部を改正する法律が公布されたことに伴い、国税不服審判所の昭和45年5月1日設置が確定したため、その発足を円滑に行うため国税不服審判所設立準備委員会が設けられ、同年4月1日、大島隆夫委員長ほか28名の委員が発令されてその準備事務に当たりました。
そして、国税不服審判所は、昭和45年5月1日東京都千代田区霞が関3丁目1番1号国税庁内に開庁し、初代所長に八田卯一郎氏(前東京簡易裁判所判事、元静岡地方裁判所長)が発令されました。
当日は、旧大蔵省講堂において、当時の福田赳夫大蔵大臣をはじめ大蔵省、国税庁の幹部及び衆参両院の大蔵委員長をはじめとする来賓多数を迎え開所式典が挙行されました。

2.八田国税不服審判所長の式辞

本日、ここに来賓および関係者多数の御臨席を得て国税不服審判所開所の式典を挙行するに当たり、式辞を申し述べますことは、私の最も光栄とするところであります。
今国会で成立した国税通則法の一部を改正する法律が本日から施行され、これに伴って、国税不服審判所がここに新しい第一歩を踏み出しましたことは、納税者の権利利益の救済のため、誠に意義深いものといわなければなりません。
ここに至るまでの間、各方面の方々が払われました多大の御苦労御支援に対し、ここに深甚の謝意を表する次第でございます。
御承知のとおり、従来、国税に関する審査の請求は、協議団の議決に基づいて国税局長が裁決をしていたのでありますが、議決及び裁決の一層の客観性を機構面から担保するため、更に独立性の強い審査処理機関をおくことが各方面で要望され、政府は、税制調査会にはかった上、通則法一部改正法案として去る61国会、62国会および今63国会に提案し、慎重かつ精緻な審議が重ねられた結果、改正法の成立を見た次第であります。
顧みまするに、協議団は、昭和25年、シャウプ勧告に基づいて創設されたのでありまして、賦課、徴収担当部門から独立した審査専門機関をおいたことは、当時としては誠に進歩的な改革であったのであります。
然るに、それから20年を経た今日、協議団制度も社会、経済の著しい進展に即応しきれなくなって国税不服審判所へと発展的解消をとげましたことは、誠に感慨深いものがあります。
本日、開設されました国税不服審判所は、国税庁の附属機関でありますが、自ら裁決を行うのでありますから、協議団が国税局の附属機関として議決のみを行い、裁決権は局長に留保されていたのに比べますと、同じく附属機関といっても、その性格が全然異なることは明らかであります。更に、審判所は、長官に申し出て、長官の発した通達と異なる法令解釈によって裁決をすることができるのでありまして、長官は、この申出を認容しないときには、国税審査会の議決に基づいて指示をしなければならないことになっておりまして、附属機関とは申しましても、審判所の独立性は極めて強く、他の行政分野に類例を見ない極めて特色ある制度であります。
今後私どもは、審判所設立の趣旨を銘記し、課せられた使命と責任の重大なことを自覚して職務の遂行に当たり、皆様方のご期待にそうよう努力をいたす所存でありますので、今後とも更に格段の御支援を賜るようお願い申し上げる次第であります。
次に、この機会に、職員諸君に対して、今後の事務運営の心構えについて申し上げます。
審判所の裁決は、所長が行うのでありますが、その裁決は、審判官の議決に基づいて行うのであります。
法改正の趣旨に鑑み、今後は、議決の権威を一層尊重する方向で運営するつもりでありますから、議決に当たる職員は、審理に当たっては、謙虚に請求人の主張に耳を傾け、合議に当たっては、充分に論議を尽し、良心に従って平等の議決権を行使し、法に従って公正にして具体的妥当性のある結論に到達することに努めなければなりません。
次に審判所といえども、法に定められた納税義務を軽減する権限はないのであって、この意味では、審理は、本来いわゆる総額主義によるべきでありますが、請求に理由がある場合、原処分を維持しようとして、徒らに他の増額要素を探し求め、その結果、納税者がその正当な権利利益を全うするためいわれなき不快を味わなければならないようなことがあっては、折角の権利救済も画餅に帰するのでありまして、この意味で、総額主義に偏することなく、争点を中心として審理を進め、また、質間検査権の行使に当たっても、それが新たな脱税の追及のためのものでないことを認識して、その適正な行使について配慮して頂きたいのであります。
更に審理は慎重を要することは申すまでもありませんが、迅速な解決ということも行政救済のねらいの一つでありますから、特に能率的な事務の処理について格段の工夫をこらされるようお願いいたしておきます。
発足当初の審判所の運営は、今後10年、20年にわたっての審判所の評価を左右するでありましょう。審判所創設に当たってその衝に当たる諸君の責任は誠に重大といわなければなりません。正当な権利の救済を通じて、信頼され、親しまれる税務行政の実現のため、一層の努力を傾注されんことを期待するものであります。
以上国税不服審判所の発足に当たり、所懐の一端を申し述べて式辞といたします。

3.開所式における吉國国税庁長官告辞

本日、ここに衆参両院大蔵委員長、大蔵大臣はじめ来賓各位のご臨席を賜わり、国税不服審判所の開所式が遂行されますことは、私の心から喜びとするところであります。
想い起しますと、税制調査会の税制簡素化特別部会において、納税者の権利救済制度のあり方について審議が始められたのは、昭和43年1月でありますが、その後10回にわたる会合が重ねられ、同年7月、新しい権利救済機関として国税不服審判所を設けることを主な内容とする「税制簡素化についての第三次答申」が税制調査会から答申されました。この答申をうけて国税通則法の改正作業が進められ、44年2月、第61回国会に国税通則法一部改正法案が提出されたのでありますが、審議未了となり、眸年末の第62回国会を経て今次の第63回国会にこれが三度提出され、慎重な審議を重ねた後去る3月成立を見て、本日ここに施行の日を迎えるに至ったのであります。
私は、この間、主税局長および国税庁長官として法案の作成、国会の審議に関係したのでありますが、この喜びの日を迎えることができましたことは、誠に感慨深いものがあります。長期間にわたる関係各方面の方々のご指導、ご協力に対しまして、深く感謝申し上げる次第であります。
さて、本日開設されました国税不服審判所は、一般の行政不服審査制度と対比して、極めて顕著な特色をもっております。すなわち、行政上の不服に対する審査請求は、原処分庁を監督する上級庁が処理するのが行政不服審査法の原則でありますが、これに対して国税不服審判所は、税務行政の責任者としての長官に直属するという意味で国税庁の附属機関とされてはいますが、執行系統である国税局等から完全に分離され、独立して裁決を行なう、いわば国税庁の審査請求処理権限だけを行使する独立機関であります。
このように処分庁と審査庁とが分離されたことは、わが国の行政不服審査制度においてはまことに画期的なことであり、今日考えうる最も進んだ行政救済の機関であると思います。
国税不服審判所のこのような性格にかんがみ、今後の運営については、所長が通達と異なる法令解釈による裁決をする場合における指示権の行使、その他人事、会計等を通じての一般的監督権の行使に当たっても、審判所の独立性を最大限に尊重してゆくべきものと考えます。
そうすることが法の趣旨を活かし、やがて納税者の信頼を得る所以であると信ずるからであります。
ところで、機構的にどのような整備が行なわれましても、組織を動かすものは人であり、人を動かすものは精神であります。
新しい組織にふさわしい人材の確保については、充分に意を用いたつもりでありますが、法案成立から実施までの期間が短かったため、部外者からの起用について、数の点でなお意にみたない点もありますが、将来審判所の実績が示され、その声価が上昇するにつれて、漸次充実していくことと確信しております。
そしてその権威が確立されていくならば、やがては両院の附帯決議で要望されている準司法的機能をもつ独立の審判機関への気運も自ら醸成されてくるでありましょう。
各方面からの暖かいご援助とご協力をお願い致しまして、告辞と致します。

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