【0189】民事訴訟における事実認定の特色

1.ステップアップ民事事実認定

国税審判官採用試験の内定通知が送付された封筒に、任官時までの準備として事前学習することを勧める書籍が記載されていました。
金子宏先生の「租税法」などの書籍とともに、国税不服審判所が準司法機関であることを反映してか、法律関係の書籍も数点記載されていて、その中に「ステップアップ民事事実認定(有斐閣)」という書籍もありました。
260頁ほどのそれほど分厚い書籍ではないのですが、税務争訟を含む民事争訟に全く心得のなかった私にとっては、正直なところ苦痛であり眠気を誘うものでもありました。
しかし、実務を経る都度読み直すと新たな知見が目に飛び込んでくる印象があり、現在では結果的に私の座右の書の1つになりました。
その書籍において、特に参考になると考えていた箇所を私なりの行間を加えてご紹介します。

2.弁論主義の制約

民事訴訟では弁論主義がとられているため、事実認定についてもこの制約を受けます。 
まず、裁判所は当事者間で争いになっていない(主要)事実や顕著な事実については、これをそのまま前提として裁判しなくてはならず、証拠によってこれと異なる事実を認定することはできません。
さらに、 民事訴訟では、国税の不服申立てで担当審判官等に認められている職権証拠調べができないため、事実認定の基礎になる証拠資料は、原則として、当事者が提出したものに限られます。
そうすると、裁判所としては、原則として、当事者間で争いになっている事実について、当事者双方から提出された証拠資料の範囲内で、事実を認定しなければならないことになります。 
このことは、民事裁判については、当事者が求める限度で事実認定をしておけばよいということでもあり、それをもって足りるということでもあるでしょう。
民事裁判においては、必ずしも神さまの目から見たような事案の真相に、裁判所の事実認定が合致することが期待されているわけではありません。
裁判所の事実認定は、あくまでも提出された証拠の範囲内での相対的な判断にとどまるものです。そうはいっても、当事者としては、限られた証拠を基礎にしてでも、できるだけ客観的な真実に合致するような事実認定を実現したいという気持ちも根強いものです。 

3.証拠の種類

民事訴訟法では、大別して書証、人証、鑑定、検証の4種類の証拠を定めています。
これらの証拠の評価については、もっぱら裁判官の自由心証に委ねられることとされていて、そのうちのどれを重視すべきであるというような定めはありません。
これら4種類の証拠は、それぞれに特性がありますから、事実認定をする上では、その特性に応じて証拠を対照し吟味していくことが必要になります。
このうち、特に書証(例えば、契約書、領収書、念書などの証拠書類)と人証(例えば、証人の証言、本人の供述)とは、ほとんどの民事事件で事実認定に用いられるものですから、それぞれの性質を把握しておくこと必要があります。 
書証は、過去に作成されたそのままの姿を現在に伝えるという固定的な点で、特別な意味を持っています。
過去に書き遺された書類(例えば、契約書や念書など)の記載は、権利関係が明確に記載されている場合はもちろんですが、当時の事情を反映していて、客観性があり信頼できる面があると言うこともできます。 
これに対して、人証は、記憶が薄れたり、利害関係が絡んだりして、そのまま真実を伝えるには不十分で、浮動的な面がありますが、事件全体のストーリーを伝えるという意味では、書証の内容を吟味する上で無視できない価値を持っています。 
したがって、実際の事実認定では、書証が過去の一点を固定的に示すものであるという特性があることと、人証が浮動的ではあっても事件の全体的なストーリーを伝えるという特性があることをそれぞれ踏まえた上で、これらを総合した判断をすることが必要になります。 
もっとも、税法事件のような経済取引に関する事件などでは、契約書、帳簿、伝票等を仔細に吟味することが必要であり、書証の上述の特性のゆえに書証が重視される傾向が強いようです。 
民事裁判でのこのような書証の重要性にかんがみ、書証については、特別な法的規制がされており、実務上もさまざまな判断のルールが積み重ねられてきています。

4.推認の偏りを反省する

民事裁判においては、要件事実の認定の際には、法的な評価を加えて事実を認定することが必要になってきます。
民事裁判の事実認定 は、刑事裁判のそれと比較しても、純粋に事実的なものばかりでなく、法的評価を加えて事実が認定される場面が多いとも言われています。 
このように事実認定といわれるものの中には、法的な評価が必要とされ、 これを含めて事実が認定される場合もあって吟味することが必要です。
注意を集中して取り組まなければ、思わぬ見落としがあるからです。 
事実認定は証拠によって事実の真偽を判断することであり、動かし難い事実に推認を積み重ねて事実の全体像を明らかにしていきます。
このような推認の作業は精神的な活動ですから、その考え方や見方がまっすぐで、ゆがみや偏りがないかを絶えず反省する必要があります。
よく反省してみると、無意識のうちに、好悪、経験、立場、願望などに影響されていることに気付くこともあります。
この点はいつも反省して思い込みを避け、偏りのない心で判断することが大切です。
こうした自分の偏った、 思い込みを正すためには、自分以外の誰かに相談して、自分の見方、考え方を示して議論をしてみることが有用で、それが複数の判断者による合議の長所になります。 
また、事実認定は、前に述べたように、仮説に基づく推論の作業ですから、この推論のどこかにおかしいところがないかどうかを絶えず点検することが必要です。
民事事件の事実認定の能力を向上させるためには、民事訴訟に特有な証拠の評価についてのルールを理解し修得することはもちろんですが、法律学の勉強ばかりをするのではなく、広く人間や社会に対する好奇心を持ち続け、さまざまな経験をとおしてその実情を学び、自らの想像力を、共感性に富んだ、豊かなものにしていくことが大切なのかもしれません。 
なぜなら、事実認定とは、単なる知的な分析や論証にとどまるものではなく、証拠を手がかりにして、私たちの現実の社会生活の実情に合うようなストーリーを、想像力を駆使して、苦労しながら作り上げていくことにほかならないからです。 

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