1.畠山稔本部所長
私が国税審判官に任官された当時の国税不服審判所本部所長であった畠山稔検事(当時)は、平成31年2月12日に東京高裁部総括判事を最後に定年退官されました。
畠山さんは非常に「熱い」方で、国税不服審判所職員に対する講話においても熱心に聴講者に話しかけられるスタイルだった記憶があります。
その畠山さんが、本部所長離任直前の平成28年3月3日に大阪国税不服審判所に視察にみえて、1時間30分にわたり講話をいただきましたが、裁決書の水準に関するお話が特に多かった気がします。
2.講話の要旨
既に3年以上経過しましたが、私の記憶をたどっても以下のようなお話がありました。
・最も法的に論理的な文章は最高裁判決書であり、国税不服審判所の裁決書も最高裁判決書の水準に近づける努力をしなければならない。
・距離を置いて読む者が一読してわかる文章が良い文章であり、書く側ではなく読む側からの客観的な視点を意識して裁決書は起案しなければならない。
・裁決書の中で丁寧に説明するのが良い仕事であるとの考え方はあるものの、無条件についてそうとは限らず、論理的な文章を読み取る能力が優れた当事者ばかりではない。
・当事者に対するサービスは、最終的には本人の納得性の向上に帰結するが、それは裁決書の文言のみならず、受付→面談→裁決書発送までの一連のプロセス全体によって評価されるものであって、例えば、面談時に、オウム返しのようになっても「・・・ということを仰りたいのですね?」と確認するだけでも、当事者の納得性は向上するものである。
・裁決書は行政文書であって公表によって国民全般の目に触れることから、そういった目に耐え得るレベルの成果物でなければならない。
・行政不服審査法・国税通則法の改正によって我々の仕事は増えるが、人員は増やせず、処理すべき期間を延ばせられないため、不要な仕事の引き算をしなければならない。
・本当にこの文書を起案しないといけないのか?という意識は、後工程を担う者のためにも大切である。
・裁判体(合議体)の独立性を殊更に強調すると、独立ではなくむしろ孤立を招き自由闊達な議論ができなくなるため、結論の形成プロセスはいろいろな意見を自由に開陳できる環境を確保してほしい。
3.デビュー作の本部照会
私が国税審判官に任官された時に引き継いだ事案は、前任者が国税不服審判所本部に照会をして、その回答待ちの間に人事異動を迎えたものでした。
任官直後に、埼玉県和光市の税務大学校において新任者に対する「審判実務研修」があり、その講師の1人だった本部のリーガル担当審判官(検事)に挨拶に行ったところ、「私の回答要旨よりも、畠山所長が自ら回答と裁決書案を起案されているから、むしろそれを参考にするように。」と言われました。
そして、研修から帰任して、本部回答を拝見したところ、畠山所長が自ら10頁にわたって回答を起案されており、国税不服審判所の設置目的から「なぜこのような結論を採るべきか」を紡いだ解説がなされていました。
更に、「以下のような方針による起案が望ましい」として、裁決書の「争点に対する判断」の項建ての最も大事な部分について、自ら起案されていました。
裁決書は国税不服審判所本部所長の名で出すものであり、そのご本人が自ら起案しているのですから、担当審判官としては一言一句そのとおりに用いるほかはありません。
畠山さんに「熱い」イメージを抱くのは、この本部照会のイメージが強かったからかもしれません。