1.調査手続違法と信義則違反
国税不服審判所は、「課税等要件を充足しているか否か」が審理の中心になりますが、国税通則法の税務調査手続関係規定が施行された平成25年以降の税務調査を経てなされた審査請求からは、争点の1つに「税務調査手続違法」が加わる事案が多くなった印象がありました。
この国税通則法の改正以前から、特に代理人のおられない(本人審査請求)事案でよく見かける主張に「信義則(民法1条2項の信義誠実の原則)違反」があります。
2.信義則違反に関する法令解釈
租税法律主義に信義則が適用されること自体は、東京地裁昭和40年5月26日判決などでも肯定されていますし、通説でもあると思いますが、だからといって簡単に信義則違反が認められて課税処分の取消しにつながるかというとそうではありません。
よくあるのは、過去の税務調査の誤指導が後日税務調査で明らかになる場合です。
例えば、平成16年12月14日公表裁決(過去の調査で、マネキンへの支払いは仕入税額控除の対象になると指導していた事案)では以下の法令解釈があります。
「租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、信義則の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような『特別な事情』がある場合に、初めてその適用の是非を考えるべきものと解されている。そして、上記の『特別の事情』があるというためには、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したこと、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したこと、その後に上記表示に反する課税処分が行われたこと、そのため納税者が経済的不利益を受けることになったこと、納税者が税務官庁の上記表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないことが必要であると解するのが相当である(最高裁昭和62年10月30日第三小法廷判決)。」
そして、
・請求人は、法律の規定に従って正当な税額を負担することになったにすぎないものであり、特に経済的不利益を被ったとは認められない。
・仮に、本件処分を取り消した場合には、請求人のみが正当な課税を免れ、かえって租税平等の原則に反する不当な結果を生ずる。
・上記からみれば、『特別な事情』があるとは認められない。
・請求人は、申告書を受理しておきながら、3年も経過してから処分をしていることが信義則に反する旨を主張するが、受理しただけでは、原処分庁がこれを適正な申告と認めたことに当たらないのは明らかであり、更正の期間制限の範囲内において行われていることからすると、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ということで、「信義則の適用による違法は認められない」と結論づけました。
3.信義則違反を主張されても・・・
本件裁決では、「前回調査で誤指導があった」ことを事実認定しているのですが、事案によっては、原処分庁が誤指導を自ら積極的に認めたくないのか、「当時の税務調査で誤指導をしたか否かは必ずしも定かではないが、仮に、誤指導と評価すべき言動があったとしても」などと、「逃げ」「すかし」の主張をしてくることがあります。
原処分庁がこういった姿勢を執ると、請求人を怒らせ、同人からの主張が止まずに、裁決までに時間がかかることがあります。
他方、上記最高裁判決の法令解釈でいう「納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動」していないにもかかわらず、「信義則が云々」と主張される請求人も一定割合います。
その場合、どう転ばせても救済できないのに裁決書の説示が余分に長くなることになるため、「請求人面談で信義則出張を引っ込めさせる釈明陳述録取書を録るためにはどういうシナリオで臨めばよいのか」といった作戦会議を合議体ですることもあります。
こういった「主張整理」のテクニックは、税理士(公認会計士)よりも弁護士が各段に上手くて、「やっぱり、国税審判官は税理士よりも弁護士向きだな」とつくづく思っていました。