【0200】審査請求における「合議」の性質


1.国税不服審判所における現実の合議

国税不服審判所は、既になされた国税に関する不利益処分の適否を調査・審理し、原処分を維持するか取消すかの裁決を行う機関であり、その裁決は原処分庁を拘束する(取り消されても受忍するしかない)という税務行政の最終判断を担うものです。
個々の審査請求事件には、担当審判官1名、参加審判官2名の3名による合議体が組成され、合議による過半数の意思による議決に基づいて審判所長が裁決するという二段構えの構造を採用しています。
しかし、現実には、3名の審判官のみならず、所属する審判部の部長審判官や事件処理の補佐を行う分担者(国税審査官)、そして、法規審査を行う審判官や審査官が事件処理の方針に少なからずの影響を与えることになります(もちろん、もっとも大きな影響を与えるのは審判所長であることは当然です)。

2.合議体と法規審査のコンフリクト

実際に、私の在籍した大阪国税不服審判所では、合議のメンバーは合議体の3名のみならず、所属審判部の部長審判官と分担者、法規審査を行う審理部の税目別の審判官と審査官(又は副審判官)、そして、合議体に弁護士出身審判官がいない事件については、その審判部所属の弁護士出身審判官がリーガルアドバイザーとして参加することになっていましたので、議決権のある3名よりもはるかに多いメンバーによって運営されていました。
そして、合議の場では、必ずしも議決権のある合議体とそれ以外のオブザーバー参加者との間に明確な発言権の違いはありませんでしたので、合議体内の意見の相違は合議前までにある程度解消されるにせよ、合議体と法規審査との処理方針の不一致(例えば、合議体は取消方針に対して、法規審査は原処分維持方針)といったことは時折生じていました。

3.川口冨男さんの教え

その折、当時の大阪国税不服審判所長であった黒野功久さん(現在は高松地裁所長)が、部長審判官以上のメンバーによる会議の場で、1枚のエッセーを配付されました。
これは、黒野さんが新任判事補だった当時に仕えた部総括判事だった川口冨男さん(元高松高裁長官)が退官後に転じられた弁護士法人中央総合法律事務所の2009年新春号の季刊ニュースの「裁判エッセー」というコーナー(10頁目)です。
討議と対話 裁判における「合議」の性質
私なりに要約すると、以下のような内容になると思います。

ディスカッションは「物事を壊す」という意味がある。
討議では意見が一致することは少なく、物別れになるか多数決で決めざるをえない。
三人の裁判官による合議の仕方について、法律は「過半数の意見による」と定めているだけだが、慣行的には、裁判官がそれぞれ意見を述べることが基本である。
この三人による検討では、三人がまるで一個の脳を共有しているようになって検討し考えていくことになる。
この共有の脳はかなり容量が大きく、複眼的な性質を持つものと考えていただくとよいものであり、これを皆で検討して、いわば星雲状態のものを固定状態に固めていくような作業をするのに有用である。
その上で、各裁判官は、この共有の脳が持つに至ったより整理された情報をも利用しながら自分の意見を固め、その上で更に三人で合議を繰り返す。
なお、合議では「飛び乗り飛び降り勝手次第」として当初の意見にこだわらず、意見交換を通じ柔軟に意見を修正することも大切であり、「君子は豹変す」べきものなのである。
会社の取締役会はどうか。
裁判所の合議のような対話がもっと世に広がるとよいのだが。

4.黒野さんが示唆したかったこと

黒野さんは、部長審判官に対して、それぞれ所属する職員に対して、「合議ではなく討議になっていないだろうか」という問題提起をしてほしいという意味を込めて、この文章を提示されたのではないかと推察しています。
国税不服審判所では、個々の事案の処理方針の対立が、ひいては両者の人間関係の軋みに発展するようなケースもなくはないと仄聞していたのですが、それは、両者が事件処理の議論を「討議」によっていたから(「合議」によっていなかったから)であるに違いありません。
川口さんがおっしゃるように、「討議」は(最近の言葉でいうと)はい、論破!」で相手を打ち負かしてしまう性質がありますが、打ち負かされた相手もそれなりの言い分はあったわけで、勝負をつけることが目的では、その後の人間関係に良い印象を与えるはずがありません。
国税不服審判所は、法曹出身者、国税出身者、民間資格出身者による多民族国家であり、お互いの出身によって得た知見を持ち寄ってあるべき事件処理の方向性を志向するというのがあるべき「合議」の姿であろうと考えるところです。

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