1.トップからの訓示
国税不服審判所に在職していた当時、本部所長をはじめとした本部審判官、支部(各地域国税不服審判所)の所長や法規審査担当審判官から、「『簡潔・明瞭な裁決書』を作成するように」と口酸っぱく訓示されていました。
この「簡潔・明瞭な裁決書」とはどういった裁決書で、何に留意して作成すれば良いのでしょうか。
2.争点整理を的確に行うこと
「簡潔・明瞭な裁決書」とは、事実と結論の道筋が簡潔、明瞭に示された裁決書を意味しており、具体的には、裁決書上において、
❶当事者の主張が的確に整理されているもの
❷争点が明確に示されているもの
❸その争点について法令解釈、事実認定、当てはめが端的に示されているもの
と考えられています。
すなわち、争点を中心とした裁決書ということになります。
そうすると、まず「争点整理(主張の分析)を的確に行うこと」が、求められる裁決書の第一歩ということになります。
3.争点
争点は、両当事者の主張の相違点であると説明されますが、争点の把握に当たっての基本は、次の事項を的確に認識することとされています。
❶法令に規定する課税等要件
❷課税等要件を充足するための課税等要件事実(主要事実)として把握すべきもの
❸主張は課税等要件に則してされているか、その理由は課税等要件事実又はその間接事実を摘示して行われているか
❹証拠が的確に明示されているか
なお、争点整理と主張の分析はほぼ同一の作業ですが、主張の面からみると、「法律上の主張」と「事実上の主張」に区分されます。
4.課税等要件事実の把握
審査請求書が長文で不明確な記載が多い事案については、法令に規定する課税等要件は何か、また、これを充足する課税等要件事実(主要事実)は何かを常に反問し、かつ、それらの中で要証事実(立証を要する事実) は何かを的確に把握して調査審理すべきでしょう。
そうすると、裁決書には、審査請求書の内容をそのまま書き写したり、そこに使用されている不明確な用語や主張を、 的確な用語や主張にすることなくそのまま使用しないように心掛ける必要が生じます。
また、課税等要件となる法令自体が、判然としない事案の場合には、過去の裁判例や裁決例を抽出することが争点の把握に役立つとされています。
5.事実認定における証拠の摘示と事実認定の仕方の例
証拠を先に、認定事実を後に示すことが通常です。
「・・・(証拠)によれば、・・・の事実(こと)が認められる」
「・・・(証拠)には、・・・の記載があり、これによれば・・・の事実(こと)が認められる」
また、複数の証拠から、複数の事実を認定するときは、次のような記述とするのが通常です。
「・・・の書面(証拠)と、これに符合する・・・の答述(証拠)によれば、次の事実が認められる」
「・・・であること、・・・であること、・・・であることによれば、 ・・・の事実が認められる」
一方、「参考人○○は、次のとおり答述する。」にとどまり、認定事実を記述しないケース、「○○の議事録には次の記載がある。・・・」として、・・・の部分に議事録の内容を長文にわたり記載しているのみで、その後に認定事実を記述しないケースは望ましくないとされています。
こういった場合には、「参考人○○の答述によれば、・・・の事実(こと)が認められる。」「○○の議事録によれば、・・・の事実(こと)が認められる。」と修正することになるのではないでしょうか。
6.証拠能力と証拠の証明力
証拠能力と証拠の証明力は異なるとされています。
証拠能力とは、証拠方法として用いる適格をいい、証明力は、心証を動かす力、すなわち、証拠価値をいうため、証明力の高い証拠を用いることが説得力のある裁決となるとされています。
また、一般的には、答述より書証の方が信頼性が高いといわれており、かつ、その証拠が直接証拠であり証明力があるときには、書証を採用することで十分とされています。
7.証拠からいきなり法律効果を認めない
証拠による検討対象は事実ですから、証拠からいきなり法律効果を認める記述は、論理の飛躍があり説得力がなく誤りとされます。
このような場合には、次の修正例のように、証拠-事実-法律効果というような段階を経るようにする必要があります。
例えば、「当審判所に対する関係人○○の答述によれば、請求人は○○万円の債務を負っていることが認められる。」は望ましくなく、「当審判所に対する関係人○○の答述によれば、関係人○○は、令和○年○月○日に、関係人の自宅において、請求人に対し現金○○万円を、返済期限を平成○年○月○日として貸し付け、その証として請求人から借用証書を徴したところ、その後、関係人○○は、請求人から当該貸金の弁済を受けたこともなく、また、請求人の預金その他の支出状況からしても請求人は関係人○○に対して貸金の弁済をしていないと認められるから、請求人は関係人○○に対して当該貸金○○万円について弁済すべき債務を負っていることが認められる。」といった起案とすることになるでしょうか。
8.認定事実に反する証拠の取扱い
判断に重要な事実で、当事者間に争いのある事実については、なぜそのような認定に至ったのかについて、証拠を示して的確な論理により明確にする必要があり、認定事実に反する証拠がある場合には、なぜその証拠が信用できないのかを明らかにする必要があります。
なお、重要な事実を認定することで結論が出てしまうような事例については、「認定事実」の項ではなく、「当てはめ(争点に対する判断)」の項で記載した方が良いこともあるでしょう。
9.矛盾を意識する
裁決書上の記載に矛盾を生じさせないようにする必要があります。
例えば、関係人の申述又は答述につき、一方で信用できるとしながら、他方でこれと矛盾する事実を認定することのないようにしなければならないでしょう。
10.推認
ある事実から他の事実を推認する場合には、なぜ推認できるのかが分かるように記載する必要があります。
そのためには、
❶推認の基となる事実(いわゆる間接事実)が、厚みのある事実(又は厚みのある記載)であること
❷推認の過程を分かりやすく示すこと(複数の間接事実からある事実を推認する場合、その間接事実が並列のものであるのか、それとも、間接事実同士がお互いを補強するものであるのかなどの別により、記載の仕方を工夫する必要がある。)
が重要であるとされます。