【0240】医療費控除の歴史

1.医療費控除制度の概要

居住者が、各年において、自己又は自己と生計を一にする配偶者その他の親族に係る医療費を支払った場合において、その年中に支払った医療費の金額が、総所得金額等の合計額の5%相当額(その金額が10万円を超える場合には、10万円)を超えるときは、その超える部分の金額は200万円を限度として、その者の総所得金額等から医療費控除として控除されます。

2.シャウプ勧告の記述

医療費控除は、シャウプ勧告を受けて昭和25年の改正の際に、設けられたものですが、勧告では次のように述べています。

費用のかかる疾病は、このような場合必ずしも医療費は控除を認められるべきであるとは考えられていないが、やはり納税者の支払能力に重大な支障をおよぼす場合の一つである。
事実時折生ずる医療診察にかかる普通の費用を控除として認めることは、基礎控除で償われていると見るべき生計費の控除を別に設けることになり、これは税務行政に不当の負担を負わしめることとなる。
しかしこのような費用が甚しく多い場合、例えば大手術だとか、長期の入院とか、または小児麻ひあるいは肺結核のような慢性的疾患の場合、支払能力に相当な支障をきたすわけであって、このような費用には適当な控除が与えらるべきである。
損失が所得の10%をこえる限り、その控除を認めるという損失控除の一般的な制限を適用すれば、普通の医療費の控除を締め出す問題は大体解消されるであろう。
他面、医療費の種目のうちでいかなるものが控除されるかについてある制限を設ける必要がある。
なぜなら富裕な納税者が温泉、休暇、旅行等の同種の長期滞在の費用を医療に装って控除を試みることによってこの規定を悪用しないとも限らない。
したがって、1年に医療費として控除できる最高限度を10万円とする。

3.創設時の医療費控除

これを受けて、昭和25年度の税制改正において、医療費控除制度が採用され、支出した額が、その個人の総所得金額と扶養親族の総所得金額との合計額の10分の1を超過するときは、その超過額(その金額が10万円をこえる場合においては、10万円)を、その個人の総所得金額から控除し、なお不足額があるときは、これをその扶養親族の総所得金額から控除するという制度設計になりました。
この医療費控除は、長期にわたる医療費や大手術のため多額の費用を要する場合には、納税者の担税力を著しく害するという点が考慮されて導入されたものですが、雑損控除の場合と同様に、支出した医療費のうち、その居住者及び扶養親族の総所得金額の合計額の10%を超える部分についてのみその控除を認めることとする一方、勧告でも述べられているように、富裕な納税者が温泉、休暇、旅行等の費用をこの規定を悪用して控除することを防止する趣旨から、1年間の控除額に10万円という最高限度が設けられました。

4.その後の改正

医療費控除の対象範囲の改正はさて措き、いわゆる足切限度額や控除限度額についての変遷は以下のとおりです。
昭和26年度の税制改正では、扶養親族の所得合算制が廃止されました。
昭和28年度の税制改正では、従来は100分の10を超える部分について控除を認めることとしていたのを100分の5を超える部分について認めることとし、控除限度額も10万円から15万円に引き上げられました。
昭和40年の全文改正時には、控除限度額が15万円から30万円に引き上げられました。
昭和45年度の税制改正では、所得金額の100分の5相当額と10万円のいずれか低い金額(従前は所得の5%相当額のみ)を超える部分の金額の控除を認めることとするとともに、控除限度額が30万円から100万円に引き上げられました。
昭和50年度の税制改正では、いわゆる足切限度額のうち定額基準が10万円から5万円に引き下げられ控除限度額が100万円から200万円に引き上げられました。
昭和62年度の税制改正において、いわゆる足切り限度額の定額基準が5万円から10万円に引き上げられ、昭和63年分の所得税から適用されることとされました。
平成28年度税制改正において、医療保険各法等の規定により療養の給付として支給される薬剤との代替性が特に高い一般用医薬品等の使用を推進する観点から、居住者が平成29年1月1日から令和3年12月31日までの間に特定一般用医薬品等購入費を支払った場合においてその居住者がその年中に健康の保持増進及び疾病の予防への取組として一定の取組を行っているときにおけるその年分の医療費控除については、その者の選択により、その年中に支払った特定一般用医薬品等購入費の金額の合計額が1万2,000円を超えるときは、その超える部分の金額(8万8,000円を限度)を、その居住者のその年分の総所得金額等から控除できる特定一般用医薬品等購入費を支払った場合の医療費控除の特例(セルフメディケーション税制)が創設されました。

5.医療費控除の役割は終えたか

厚生労働省ホームページによると、統計が開始された昭和29年度の国民医療費は2,152億円(国民1人当たり2,400円)であったのに対して、現行の制度設計に近い昭和45年度のそれは2兆4,962億円(同2万4,100円)、最近の令和3年度のそれは45兆359億円(同35万8,800円)に達しています。
これに伴い、医療費控除の適用者数も漸増していることが想像されるところであり、シャウプ勧告において想定していた「大手術だとか、長期の入院とか、または小児麻ひあるいは肺結核のような慢性的疾患の場合」を大きくはみ出し、半ば健常者の部類であっても適用の可能性があるような規定になっており、医療費控除の役割は終えてきているようにも思います。
税理士業界からは、個々の医療サービスが医療費控除の適用対象か否かの判断や医療費の集計作業など、ただでさえ繁忙な時期にまとまった時間を必要とするため、廃止又は縮小を希望する(声なき)声が聞こえてきそうですが、それは国民からすれば増税であり理解を得ることが政治的には難しい事柄でしょう。

税務判断なら当事務所へ
お気軽にお問い合わせください

2024年11月
« 10月    
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930