1.老年者控除という所得控除があった
税理士でなくても、20年以上前に会計事務所の勤務経験があった方であれば「老年者控除」という言葉に聞き覚えがあるでしょう。
しかし、所得控除の1つであった老年者控除は、現在は廃止されています。
廃止直後の確定申告税務相談の会場では、当時相談員であった私も、老年者控除の廃止又は廃止による源泉徴収税額の増加についての高齢者の恨み節を聞かされた記憶があります。
現在でも、健康保険の被扶養者の年収基準(通常130万円)について、60歳以上であれば180万円に増額される取扱いが継続されていますが、おそらくこれは所得税(住民税)の老年者控除の名残なのではないかと想像されます。
旧第80条 居住者が老年者である場合には、その者のその年分の総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額から50万円を控除する。
2 前項の規定による控除は、老年者控除という。
2.老年者控除の趣旨
老年者控除制度は、老齢により精神的及び肉体的能力において一般壮年者に比し劣弱である所得者に対し、その特別の労度を考慮するという観点から、昭和26年度の税制改正で創設することとされたものであり、控除額は扶養控除額と同額の1万5,000円とされました。
3.改正の歴史
・昭和27年度の税制改正は、所得控除から税額控除(4,000円)に改められ、また、遺族等援護法の規定により遺族年金を受ける者については控除額を6,000円とすることに改められました。
・昭和30年度の税制改正は、控除額が5,000円(遺族等援護法の規定により遺族年金を受ける者である場合には、7,000円)に引き上げられました。
なお、遺族年金を受ける者についての割増税額控除については、昭和34年度の税制改正で、遺族年金の給付額が大幅に引き上げられたこと等に伴い、その引上げが平年度化する昭和36年分の所得税から廃止されましたが、廃止までの昭和34年分及び昭和35年分については従前通り割増税額控除は認められました。
・昭和37年度の税制改正で、控除額が6,000円に引き上げられました。
・昭和42年度の税制改正では、従来の税額控除を所得控除に改めることとされ、控除額は7万円とされました。
4.所得控除に改められることとなった理由
税額控除を所得控除に改めることとされたのは、税額控除の方式は、①一般に理解されにくいこと、②老年者控除等の控除は普通の人よりも経費がかさむことを考慮して設けられたものであるのにかかわらず、その経費が物価その他の関係で多くなっても所得控除とバランスをとりつつ引き上げることが容易に行われないこと、③税制のなかで同じ人的控除でありながら所得控除と税額控除との2本立てがあることが税制を複雑にしているという非難があること等の欠陥を指摘されていたので、これを基礎控除や扶養控除と同じように所得控除に統一し、今後はこれらの控除と同じく常にその引上げの可能性を検討することとされたことによるものだそうです。
また、老年者控除については、従来は、確定申告書にその控除に関する事項の記載がない場合には、これらの控除が認められないこととなっていましたが、この控除は、その控除の対象とする要件が年齢という客観的に定まるものであり、また、その性格の類似する配偶者控除や扶養控除はすでに申告要件が廃止されていたので、これとのバランスからもその要件を廃止すべきであるとの批判もあったようです。
そこで、この控除が税額控除から所得控除に改められる機会に、この申告要件を廃止し、配偶者控除等と同様に確定申告書への記載がない場合でも、これらの控除を認めることとされました。
5.その後の控除額の推移
その後、各年度の税制改正で、控除額が次のように引き上げられました。
昭和43年度:8万円→昭和44年度:9万円→昭和45年度:10万円→昭和46年度:11万円(減税措置により12万円)→昭和48年度:13万円→昭和49年度:16万円→昭和50年度:20万円→昭和52年度:23万円→昭和59年度:25万円→昭和62年度:50万円(適用は昭和63年度から)
6.廃止の経緯
平成16年度の税制改正で、平成17年分以後の所得税から老年者控除は廃止されました。
高齢者本人に対しては、老年者控除や公的年金等控除の定額控除等の割増などの配慮が行われてきた一方、高齢社会対策大綱(平成13年12月閣議決定)においては、「年齢だけで高齢者を別扱いする制度の見直し」が課題と指摘され、少子・高齢化が進行していく中、高齢者に関する控除を見直し、高齢者と社会保障制度等を支える現役世代との間の公平確保を図ることは喫緊の課題であるといつた問題点が税制調査会の答申などにおいて指摘されるようになりました。
このような指摘を踏まえ、平成16年度税制改正において、世代間及び高齢者間の公平を図るため、年齢のみを基準に高齢者を優遇する措置となっている年齢65歳以上の者に対する公的年金等控除の上乗せ措置とともに、老年者控除を廃止することとされたのです。