【0051】1年以内処理目標の弊害

1.国税不服審判所の業績目標

「国税庁レポート2019」の58頁に権利救済関係の国税庁の業績目標とその達成状況が記載されています。

(抜粋)ロ 審査請求
・目標 国税庁及び国税不服審判所では、審査請求の標準審理期間を1年と定め、原則1年以内にその処理を終えるよう努めています。
・実績 平成30年度における審査請求の1年以内の処理件数割合は99.5%となっています。

「標準審理期間1年」はあくまで目標ですし、1年を経過したからといってその裁決の効力に影響は及ぼしませんが、「いつ裁決が出るのかわからない」といった審査請求人の不安に対しては、裁決時期の見込みがある程度わかるという点で良い取組みだと思います。

そのレポートには、平成25年度から平成30年度までの1年以内処理割合が棒グラフで表現され、96.2%→92.2%→92.4%→98.3%→99.2%→99.5%という経過をたどっていますが、最近では、95%以上という目標値を継続的に上回っています。

ただ、平成29年度以降からこの割合の算出方法が変わっており、相互協議事案や公訴関連事案といった、国税不服審判所がスケジュールをコントロールできない事案の件数は算定基礎から除外されていますので、100%に近い割合で処理されている実績はある種当然かもしれません。

2.所長入れの順番決め

ただ、この「1年以内処理割合95%」の目標設定は、良い点ばかりとは限りません。

たとえば、「(A)タックスヘイブン対策税制に関する法人税の更正処分」と「(B)過少申告加算税の正当な理由の該当性を争った賦課決定処分」では、同じ審査請求1件といっても、処理のエネルギーが大きく異なります。

現在の国税庁の業績目標は、事案審理の重さによって標準審理期間に差をつけていませんので、(A)の事案処理が1年を超えると95%の目標値の達成にネガティブな影響を与えてしまいます。

その一方、どれだけ規模の大きな審判所であっても、裁決権が本部所長から委任されている首席審判官(各地域審判所長)は各1名しかいませんので、裁決までの最終工程に近づくほど、決裁ラインが1本に収束して、渋滞を起こすことがあります。

そのために、審判所長の補佐機関である法規審査担当は、「1年以内処理割合95%」という目標値を意識して、「所長室に持ち込む事案の順番決め」を行うことになります。

3.業績目標の効果

先ほどの例で、「(A)は事案の複雑性から調査審理に時間を要し、1年経過までの残存期間が2週間しかない」一方、「(B)は相対的に事案が軽微であり、残存期間が6か月間ある」と仮定しましょう。

法規審査担当は、たとえ、審査請求日が(B)の方が早かったとしても、「1年以内処理割合95%」という目標値の達成のためには、(A)を優先して所長決裁に回付することを選択します。

それでは、(A)が決裁されたから、次は(B)かというと、今度は、1年経過までの残存期間に余裕のない別の(C)を優先することになります。

そうするうちに、残存期間に余裕のある(B)はどんどん先を越され、残存期間がタイトな事案の処理がひと段落してからやっと決裁されることになります。

結果的に「1年以内処理割合95%」という業績目標は、相対的に重い事案の処理を急がせる効果がある反面、審判所内部で早期に方針が決まっている事案の処理期間を1年間際まで引き延ばす効果も同時に惹起させているのです。

(B)事案の代理人から、「裁決はまだですか?主張のやり取りはもう数か月前に収束しているのに。」という趣旨の照会をいただくことがあるのですが、とても「1年経過間際の他の事案を優先しており、おたくの事案は後回しになっています。」とは言えず、「慎重に調査審理を行っておりますので、今しばらくお待ちください。」と申し開きをするしかありませんでした。

「1年以内処理割合95%」という業績目標は、全体的な事案処理のスピードアップのために設定されているはずですが、結局のところは、手段が目的化してしまい「その目標さえクリアすればOK」になってしまっています。

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