1.請求人の主張の引き直し
国税不服審判所長に対する審査請求は、まず、審査請求人が審査請求書を提出するところからスタートします。
審査請求書(次葉)には、「⑪審査請求の趣旨」欄で原処分のどの範囲の取消しを求めるか、そして「⑫審査請求の理由」欄で請求原因を記載することになりますが、請求人が審査請求書に記載した文章が請求人の主張として裁決書にいわゆる「コピー&ペースト」されるわけではなく、国税不服審判所において法的に意味のある主張への引き直し作業が行われます。
法曹関係の方からすると不正確な言いようかもしれませんが、そのプロセスを「主張整理」というのではないかと考えています。
2.貸金等返還請求事件の原告の請求原因
国税の審査請求から離れますが、裁決書は広い意味での「民事判決」の1種であり、司法修習において用いられる「民事判決起案の手引き(司法研修所編)」10訂版の36頁にある貸金等請求事件の原告の訴状における請求原因の記載例を基に説明します。
「原告は、平成17年中に被告から度々その困窮状況を訴えられ、これに同情して合計100万円を貸したのであるが、被告はその後その恩義を忘れ、原告の請求に対しては言を左右にして返還しようとしない。それで、やむなく被告に対し上記貸金100万円とこれにつき平成17年11月1日から支払済みまで年6分の利息の支払を求めるため本訴に及んだ。」
事例としては極めて簡単で、原告の主張は筋道がとおっているように見えますが、法的視点から解明されるべき次のような問題点が識別されます。
❶「合計100万円」について、これは1個又は数個の消費貸借契約か。後者であれば各契約の成立年月日はいつであるのか。
❷消費貸借契約は要物契約であり、返済の合意のほかに、金員交付の事実の主張がなければならない。
❸弁済期についての合意はどうなっていたのかが明らかではない。
❹年6分の利息は「利息」であるか「遅延損害金」であるかが明らかでなく、前者であれば利息の定めがあるか双方「商人」であることを主張しなければならないし、後者であっても確定期限など解明しなければならない論点がある。
3.主張整理に関する弁護士と税理士の力量の差
このように原告の「主張している」事実は、その「主張すべき」事実と対比すると著しくあいまいかつ不足している反面、「被告から度々その困窮状況を訴えられ」、「その恩義を忘れ」、「言を左右にして」といった法律効果の存否自体の判断にとっては余計なことが述べられています。
そこで、裁判所は釈明権を行使して、原告にその主張を補足し明確にさせなければ十分な審理も判決もできないということになります。
例えば、上記の請求原因であれば、以下のような書き下ろしが想定されます。
「原告は、被告に対し、平成17年3月5日、弁済期は同年10月31日、期限後は年6分の損害金を支払うとの約定で50万円を貸付け、更に同年7月20日、前同様の約定で50万円を貸し付けた。よって、原告は、被告に対し、上記各消費貸借契約に基づき、合計100万円及びこれに対する弁済期の翌日である平成17年11月1日から支払済みまで約定の年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。」
国税不服審判所においても、請求人の積年の思いの詰まった「⑫審査請求の理由」から、請求の趣旨を尊重しながらも課税要件に沿った主張となるように、すなわち、法的な土俵の上に乗せられるように、請求人に釈明を求めて主張を補充したり不要な言い分を削除して、裁決書という行政文書に掲載できるような「請求人の主張」に磨いていくことになります。
しかし、これは弁護士にとっての真骨頂であって、税理士(公認会計士)がレクチャーを受けてすぐにできるようなものではなく、その辺りに法曹資格と会計資格の主張整理に関する力量の違いが顕れることになります。